Basilica di San Giovanni Battista dei Fiorentini
S.G.ディ・フィオレンティーナ教会

048-100肖像は2体とも、教会内別所の美術館にある。
月・水・金の10:00~12:00。寄付必要。

メディチ家出身の教皇レオ10世の願により建設された、フィレンツェの守護聖人、洗礼者ヨハネに捧げられた教会。かつてトスカーナ人の入植地の中心であった。





048-101アントニオ・コッポラの肖像 Antonio Coppola
1612
ベルニーニの少年時代の作品。記録によってデスマスクから作られたことが知られている。しかしながら、石膏のマスクから大理石像を制作するのは技術的にも容易でない。この後肖像彫刻家として偉大な足跡を残すことになる。

 アメリカの学者アーヴィン・ラヴァンが、1967年にサン・ジョヴァンニディ・フィオレンティーニの物置からベルニーニ作とみられる2つの肖像を発見して、ベルニーニの初期の作品に関する優れた論文を発表したのである。注目を集めたのは、そのうちの1つ、記録から1612年の作と確認できる、外科医アントニオ・コッポラの肖像である。記録にはベルニーニとしか出てこず、支払いはピエトロが受けているので、息子ジャン・ロレンッォの作とする説を受け入れない学者も少なくない。しかし様式的にも、またピエトロが肖像を制作した形跡がないことなどいろいろな状況からも、このアトリビューションは否定しがたいと筆者は考える。この驚くべき肖像が13歳2カ月のベルニーニの手に成るとすれば、先に述べた《サントーニの肖像》が、様式的に見てこれに先立つことは疑間の余地がない。
 ボルゲーゼ美術館の「幼児ゼウスに乳を与えるやぎアマルテア」に続くと思われる、サンタ・プラセッデのサントーニの肖像とこのコッポラの肖像が少年の手になるとは、一層信じがたい。技術的未熟さはすぐに看破できるが、そこには深い人間性と老年の実相が表現されているからである。この肖像には写実的迫真力とともに見るものの心に深くしみいる存在感があるのだ。この点で同時代のローマの図式的で生気の乏しい肖像彫刻をはるかに凌いでいる。これらの肖像が、古代彫刻の研究を基礎としていることは、マントに右手を当てたコッポラのポーズからも歴然としている。だがここでも古代彫刻の本質を会得し、難なくそれを同化するベルニーニの力は天才的という他ない。
 またコッポラの肖像は記録によってデスマスクから作られたことが知られている。しかしながら、ロウで型を作るブロンズの場合と違って、石膏のマスクから大理石像を制作するのは技術的にも容易ではないことは付言さるべきであろう。これらの作品を出発点として、ベルニーニはこの後肖像彫刻家として偉大な足跡を残すことになる。それは彼の天性の人間に対する洞察力と魔術的技術力の賜物なのである。
BERNINIp8~11
目玉は穴である。




048-102アントニオ・チェバレーリの胸像 Bust of Antonio Cepparelli
目玉はでっぱりである。