Chiesa dei Santi Domenico e Sisto
サンティ・ドメニコ・エ・シスト教会

030-100予約が必要。tel0667021

急な階段の上に縦長のバロック様式の正面がそびえ、さらに続く階段は左右に分かれて、テラスに上る2本の半円状になる。正面の三角破風は、炎を上げる8本のろうそくを戴いており、内部のヴォールト天井を飾るのは、ドメニコ・カヌーティ事な大フレスコ画だ。右手最初の礼拝堂はベルニーニが装飾を担当した。聖マグダレーナがゲッセマネの園でキリストに会う場面を描く彫刻も彼のデザインで、その後を引き継いだアントニオ・ラッジが完成させた。祭壇上には、聖母子を描く15世紀のテラコッタの額があり、さらに脇祭壇の左手には、フラ・アンジェリコの弟子の作といわれる同時代の聖母の絵が飾られている。

ドミンゴ(ドミニクス)1170頃~1221(8月8日)
L.Dominicus. S.Domingo de Guzmam.
〔伝記〕聖ドミニコ修道会の創設者。スペインのカスティリャ地方貴族出身。フランスやイタリアに布教。トゥールーズでアルビ派の異端者を改宗させたのち、1216年説教団の創設を裁可され、以後同修道会の指導に当たる。ロザリオによる祈祷を創始した。誕生のとき、生母が額に星をいただく子供と黒白のまだらの犬が口に松明をくわえて現われる夢を見る。この伝説は神の犬Domini canisの語呂合わせにもとづく。1203年頃トゥールーズで布教のとき、異教の書と聖書とを火中に投じて聖書の不朽性を証明。教皇インノケンティウス3世の夢に、崩壌寸前のラテラノ大聖堂を支える聖人として出現。その他ガロンヌ川で難破した巡礼団を救う話。落馬して死んだ青年ナポレオーネ・オルシニ(枢機卿ステファノ・ディ・フォッサヌオヴァの甥〉を蘇らせた話。猿に化けて誘惑する悪魔を懲らしめた話。ローマで3本の矢を持つキリストの幻影を見、それを自負と貧欲と色欲への警告と解した話。食物不足に苦しむローマの聖シクストゥスの修道士たちのために祈ると、二つの寵一杯に食物を詰めた2天使が現われた話。1530年ソリアーノの聖ドミニコ会の一修道士が、マグダラのマリアとシエナのカテリナを伴った聖母を夢に見、彼女からドミンゴの肖像を授けられ、目覚めて現実にその肖像画をもっていることを知ったという話など、多くの奇跡が彼に関して存する。ボローニャで没したが、臨終の時キリストと聖母が二つの梯子を支えて、彼の霊を天国へ迎えた。死後10年で列聖。聖マルティヌスとアッシジの聖フランチェスコと共に、中世末以来最も人気があった。
〔図像〕苦行と清浄の象徴として黒の外套に白衣をまとう。頭髪は周縁のみを冠状に残してあとは剃り落し、有髯である。手に一書を携え、アッシジの聖フランチェスコやパドヴァの聖アントニウスのように白百合の枝(純潔)を持つ。独特な持物は額に光る赤い星と、黒白まだらの犬で、これに中世末以来、聖母から授けられたというロザリオが加えられた。聖フランチェスコとの会見は、対立関係にある両修道会の親交を示すため、聖母とエリサベトの《御訪門》図とならんでしばしば表現された。



030-002アラレオナ礼拝堂アラレオナ礼拝堂  Cappella Alaleona
1649-50

所蔵不明

所蔵不明




030-101「我に触れるな」

030-004我に触れるな